252 — 201 Ma
三畳紀
最初の恐竜と哺乳類が出現し、生命がほぼ完全な絶滅から回復する。
ローラシア
後期三畳紀、およそ2億250万~2億100万年前のローラシア内陸では、季節風に支配された赤い氾濫原が広がり、雨後のぬかるんだ水路沿いを細身の初期獣脚類コエロフィシス・バウリ(Coelophysis bauri)の群れが疾走しています。そばでは、重装甲のアエトサウルス類デスマトスクス(Desmatosuchus)が、上向きの吻で湿った泥を掘り返し、明るい緑のトクサ類エクイセティテスや低いソテツ類の間を歩いています。暗緑色のヴォルツィア類針葉樹が点在するこの赤色層の景観は、現在の北米チンル層に代表される酸化したシルトと泥の世界を思わせ、恐竜がまだ生態系の一部にすぎなかった時代の、暑く不安定な深い過去を生き生きと伝えます。
後期三畳紀ノーリアン期、約2億200万~2億100万年前の中央ヨーロッパでは、全長7~8メートルの植物食恐竜プラテオサウルス(Plateosaurus)が後脚で立ち上がり、バイエラ(Baiera)などのイチョウ類や針葉樹の枝をたぐり寄せて葉を食べていました。画面には、赤褐色の乾いた氾濫原にシダやトクサ、低いベネチテス類が点在する季節性の疎林が、夕方の金色の光の中に広がります。これはまだローラシアがパンゲア北部の一部だった時代の風景で、強い季節性をもつ温暖でやや乾燥した内陸環境が、初期の大型恐竜たちの暮らしを支えていたことを物語っています。
約2億100万年前、三畳紀末のローラシアでは、現在の北米東部にあたるニューアーク型地溝盆地の浅い湖の向こうで、CAMP(中央大西洋マグマ区)の割れ目噴火から黒いソレアイト質玄武岩が赤熱したシート状に流れ出し、赤色の泥岩・シルト岩の湖岸と断層崖を夕焼け色に染めていました。煙と火山灰にかすむ地平線には、まばらなペロウルデア類似のヒロハリスギ科針葉樹が黒い影となって立ち、湿った岸辺にはシダやトクサがわずかに残り、遠景には小型のコエロフィシス類獣脚類やファイトサウルスがこの過酷な環境の尺度として見えます。こうした巨大火成活動は三畳紀末の大量絶滅と深く結びつき、恐竜時代の本格的な幕開けを準備した、地球史の大転換を物語っています。
三畳紀後期、およそ2億300万~2億100万年前のローラシア南西部の内陸盆地では、乾季の終わりに取り残された三日月湖の水たまりが、白い塩の皮膜と泥の干割れに縁どられていました。画面中央には全長5~6メートルの植竜マカエロプロソプス(Machaeroprosopus)が半ば水に沈み、ワニに似た細長い吻と頭頂近くの目・鼻孔を水面上にのぞかせ、岸辺には約2.5メートルの巨大両生類コスキノドン(Koskinonodon)と、硬いガノイン鱗をもつセミオノトゥス類の魚が干上がりつつあります。赤色泥岩の氾濫原にできたこうしたよどんだ水場は、モンスーン性だが強く乾燥するパンゲア北部の気候を物語り、針葉樹、トクサ、シダがまばらに生える過酷な世界で、待ち伏せする捕食者と酸欠に苦しむ獲物たちが深い時間の一瞬を刻んでいます。
後期三畳紀、約2億300万~2億100万年前のパンタラッサ海で、ローラシア西岸沖の深い外洋を巨大魚竜ショニサウルス(Shonisaurus)がゆるやかな群れで進みます。全長12~15メートルにもなる流線形の体のまわりには、薄い二枚貝ハロビア(Halobia)の殻を多く含む漂流物がただよい、その間を小型の三畳紀魚類が縫うように泳いでいます。はるか下には急な海盆斜面が暗闇へ落ち込み、この時代の海がサンゴ礁の浅海ではなく、広大で冷たく見える外洋世界でもあったことを物語ります。
約2億470万~2億370万年前の中期三畳紀、現在のドイツを含むゲルマン盆地のムッシェルカルク浅海では、澄んだ青緑色の海の上を全長約3メートルのノトサウルス(Nothosaurus)が静かに滑るように進み、その下の波打つ炭酸塩砂底にはウミユリのエンクリヌス・リリイフォルミス(Encrinus liliiformis)が群生しています。海底には肋のある三角形の二枚貝ミオフォリア(Myophoria)や、縫合線が特徴的なアンモノイドのセラティテス(Ceratites)が点在し、銀色にきらめくペルレイドゥス(Perleidus)の群れが陽光の筋を横切ります。これは、パンゲア北部の暖かい大陸棚の海に広がっていた豊かな生態系の一場面で、海生は虫類・魚類・棘皮動物・軟体動物が織りなす三畳紀の海の息づかいを、生き生きと伝えています。
約2億270万~2億800万年前、ローラシア南縁のテチス海に面した浅く暖かな海では、低いこぶ状の礁がベージュやオリーブ色の六放サンゴ類リティオフィリア(Retiophyllia)やヴォルゼイア(Volzeia)、そして球状のスフィンクトゾア海綿と微生物被膜によって築かれていました。画面では、その枝状の骨格のあいだを全長10~15cmほどの硬鱗魚ペルトプレウルス(Peltopleurus)の群れがすばやく縫い、沖合の青緑色の水中にはアンモナイトのアルケステス(Arcestes)が静かに漂います。現代のサンゴ礁とは異なり、こうした後期三畳紀ノーリアン期の礁は、サンゴ・海綿・微生物が協力して石灰岩の土台を作る、独特で過渡的な海の生態系でした。
約2億470万〜2億370万年前の三畳紀中〜後期、ローラシア南縁のテチス海に面した浅い炭酸塩ラグーンでは、全長1.6〜1.8 mほどの板歯類プラコドゥス(Placodus)が海底を歩くように進み、丸く頑丈な臼歯状の歯で厚殻の二枚貝メガロドン(Megalodon)を砕いていました。画面には、藻類の茂る石灰質の砂底に割れた貝殻が散乱し、その上を数匹のヒボドゥス類のサメ(Hybodus)が静かに巡回する、陽光に満ちた翡翠色の海中世界が広がります。これはカメではなく、貝殻を噛み砕くことに特化した海生爬虫類であり、三畳紀の温暖な浅海に築かれた捕食と遺骸の“貝殻破砕床”を生き生きと伝える情景です。
テチス
約2億520万年前、ペルム紀末の大絶滅直後のテチス海では、白く焼ける干潟一面に黒褐色のしわ状の微生物マットと低いストロマトライト丘が広がり、ひび割れた石灰質の泥の浅い水路には数センチほどの小型アンモノイド類、ケラタイト類(Ceratites)がわずかに見られます。サンゴ礁をつくる動物や多様な海底生物がほとんど姿を消したこの海岸は、生命が壊滅的危機から回復しはじめた最初期三畳紀の、きわめて貧弱な生態系を物語っています。こうした微生物優勢の炭酸塩干潟は、のちに再び豊かなテチスの海が広がる前の、深い時間の中の“再生の出発点”でした。
中生代三畳紀中期、約2億470万〜2億370万年前のテチス海では、白い貝殻砂と石灰質の泥が広がる浅い炭酸塩プラットフォームを、全長約1.3 mの板歯目爬虫類プラコドゥス(Placodus)がのっそり進み、幅広く鈍い頭と強力な顎で厚殻の二枚貝ミオフォリア(Myophoria)や小型腕足類を噛み砕いていました。砕けた殻片のあいだでは、トゲのある十脚類ペンフィクス(Pemphix)が触角を伸ばして食べ残しをあさり、足もとにはかすかな泥の濁りが立ちのぼります。ターコイズ色に透きとおるこの暖かい海は、ペルム紀末の大絶滅後に海洋生態系が回復しつつあった世界の一場面であり、硬い殻をもつ獲物とそれをすり潰す爬虫類という、新しい海の食物網が形づくられていたことを物語っています。
中生代三畳紀中期末〜後期初頭、約2億400万年前のテチス海では、全長約7メートルの魚竜ベサノサウルス(Besanosaurus)が、肋と結節の目立つ殻をもつトラキセラス(Trachyceras)や、細長い捕食魚ビルゲリア(Birgeria)の群れを外洋で追っています。画面上部の明るいコバルトブルーの表層には暖かく澄んだ海が広がる一方、その下には酸素に乏しい藍色から黒に沈む層が口を開け、炭酸塩プラットフォームに囲まれた海盆の成層した海を物語ります。大きな眼と細長い吻を備えたシャスタサウルス類のベサノサウルスは、三畳紀の海洋爬虫類が急速に多様化した時代を象徴する存在であり、アンモノイドや条鰭類が満ちる太古の外洋生態系を生き生きと伝えています。
約2億420万〜2億370万年前の中生代三畳紀中期、テチス海西部のモンテ・サン・ジョルジョの静かな石灰質ラグーンでは、細長い首をもつ全長約1.2 mのラリオサウルスが、光沢あるガノイン鱗に包まれた小魚ペルトプレウルスの群れをすばやく追い、海底近くではより小型のネウスティコサウルスがエビに似たアントリムポスや薄殻の二枚貝のあいだを漂っていました。澄んだ温暖な浅海と淡い炭酸塩泥の底は、ペルム紀末の大絶滅後に回復しつつあったテチスの海洋生態系を物語り、魚類と海生爬虫類が新たな食物網を築いていた時代の一瞬を鮮やかに伝えています。
約2億500万〜2億100万年前、三畳紀末期(レーティアン期)のテチス海西縁では、白っぽい石灰岩の海岸段丘と苦灰岩の干潟、まぶしい塩の結晶に縁どられた乾燥海岸が広がっていました。波打ち際の上空を翼開長約60 cmの初期翼竜ペテイノサウルス(Peteinosaurus)が群れでかすめ飛び、内陸側では全長約7 mの原始的竜脚形類プラテオサウルス(Plateosaurus)が、ニルソニアに似たベネチテス類・ソテツ類や三畳紀の針葉樹の間で採食しています。花はまだ咲かず、草原も存在しないこの炭酸塩プラットフォームの海辺は、ペルム紀末の大絶滅後に回復しつつあった中生代生態系の一場面であり、空・陸・海に広がる生命の新しい時代を物語っています。
後期三畳紀ノーリアン期、約2億270万〜2億800万年前の西部テチス海では、暖かな炭酸塩プラットフォームの前礁斜面に、枝状の石サンゴ類レティオフィリア(Retiophyllia)と半球状のマルガロフィリア(Margarophyllia)、さらに淡色のスフィンクトゾア海綿が織りなす、現代のサンゴ礁とは少し異なる礁景観が広がっていました。画面には、石灰質の岩棚に根を下ろしたウミユリのエンクリヌス・リリイフォルミス(Encrinus liliiformis)が羽毛のような冠を潮流にひらき、その上を全長約20 cmの条鰭類魚ペルトプレウルス(Peltopleurus)の群れが銀色にひらめきながら通り過ぎる様子が見えます。礁の縁は微細な石灰泥からなる石灰岩と礁性バウンドストーンでできており、その下では折れたサンゴ枝や海綿片、石灰岩礫が崩れ積もるタラス斜面が、より深いテチスの海盆へと落ち込んでいきます。
後期三畳紀カーニアン期、およそ2億340万年前のテチス海沿岸低地では、豪雨の中で細身の主竜類ティキノスクス(Ticinosuchus)が、増水した汽水の水路ぞいの赤褐色の泥を静かに踏みしめています。周囲には高さ約2 mのトクサ類エクイセティテス(Equisetites)、茂ったシダ植物クラドフレビス(Cladophlebis)、まばらな針葉樹ヴォルツィア(Voltzia)が広がり、被子植物も草もまだ存在しない、温暖な“温室地球”の湿潤な海岸氾濫原が再現されています。これはカーニアン多雨事変と呼ばれる特異に雨の多い時期の一場面で、モンスーン性降雨がテチス沿岸の河口・干潟・サブカ環境を大きく変え、後の中生代生態系の土台を形づくったことを物語っています。
後期三畳紀、約2億350万〜2億100万年前のテチス海西部では、石灰質の浅い潟湖の岸辺に、全長約5メートルのタンストロフェウス Tanystropheus longobardicus が淡い青緑色の水に半身を沈め、縞模様の異様に長い首を水平に伸ばして獲物をうかがっていました。画面には、細かな鱗に覆われた小さな頭部、長い尾、這うように開いた四肢、そして石灰泥の海岸や低い石灰岩の小島、プテロフィルム類のソテツ状植物やヴォルツィア類針葉樹が、暑く乾いた潟湖環境を物語ります。タンストロフェウスは恐竜ではなく、沿岸の水辺に適応した主竜形類の爬虫類で、このような炭酸塩プラットフォームは、アンモナイトや魚類、海生爬虫類が回復と多様化を遂げていた三畳紀テチス世界を象徴しています。
ゴンドワナ
後期三畳紀、およそ2億300万〜2億100万年前の南極横断山地周辺には、雪や氷のない氾濫原にディクロイディウム(Dicroidium)種子シダの森が広がり、青みを帯びた初期針葉樹類やシダ、トクサ類が湿った林床を埋めていました。画面には、暗い淡水の流路沿いにぬかるんだ泥岩・シルト質の土壌、倒木、霧を帯びた低い陽光の中で密生する高さ3〜6 mほどの種子シダ群落と、8〜15 mに達する細身の球果植物類・初期針葉樹が見えるでしょう。これはゴンドワナ高緯度域を特徴づける「ディクロイディウム植物群」の世界で、極域でありながら温暖な温室期の気候が、南極にも豊かな森林生態系を成立させていたことを物語っています。
約2億310万〜2億280万年前、後期三畳紀カーニアン期の南西ゴンドワナに広がったイスキグアラスト=ビジャ・ウニオン盆地の季節的な氾濫原では、全長約5 mのラウイスクス類サウロスクス・ガリレイが、赤い泥岩と砂州のあいだを悠然と進み、その近くで全長約1.5 mのリンコサウルス類ヒペロペドンの群れが警戒しながら身を寄せています。周囲にはディクロイディウム種子シダの低い林と針葉樹がまばらに広がり、乾いた暑熱と土埃に満ちた景観は、恐竜が優勢になる直前のゴンドワナ内陸生態系を物語ります。ここは、ワニ形類に近い主竜類の大型捕食者と、嘴をもつ草食性爬虫類が共存した、深い地質時代の一瞬なのです。
三畳紀後期(約2億370万〜2億100万年前)のゴンドワナの半乾燥な氾濫原では、乾季に縮んだ泥の水場に、幅広い三角形の頭骨をもつ大型分椎類ゼノトスクス(Xenotosuchus)が半ば身を沈め、はるかに小型のケラトドゥス類に似た肺魚がその周囲を泳いでいました。岸辺にはひび割れた赤色泥岩、貝形虫ではなく小さな鰓脚類コンコストラカ(貝虫状甲殻類)が密集する浅瀬、そしてまばらなトクサ類(Equisetites/Neocalamites型)が見え、季節的な干ばつに支配されたパンゲア南部の内陸環境を物語ります。こうした水場は、初期の恐竜が現れつつあった時代にもなお、古くから続く両生類と肺魚が生き延びた重要な避難所だったのです。
夕暮れの浅い川辺、火山灰を薄くかぶった赤褐色の氾濫原の縁で、全長約1 mのエオラプトル・ルネンシスと、1.5〜2 mほどのより大きなパンファギア・プロトスが、ディクロイディウム植物群のシダやネオカラミテスの茂みのあいだを慎重に進んでいます。舞台は現在のアルゼンチン北西部、イスキグアラスト=ビジャ・ウニオン盆地の後期三畳紀カーニアン期(約2億310万〜2億280万年前)で、恐竜が出現して間もないころのゴンドワナ南西部です。エオラプトルはごく初期の小型獣脚類様の竜盤類、パンファギアは初期竜脚形類として知られ、どちらもまだ小柄で細身ながら、のちに中生代を代表する恐竜たちの始まりを物語っています。
後期三畳紀(約2億350万〜2億100万年前)のゴンドワナ北縁沖の外洋では、全長6〜8メートルの魚竜キンボスポンディルス(Cymbospondylus)が、群れる小型の条鰭類の下から力強く上昇し、近くを漂うアンモナイト類アルケステス(Arcestes)のあいだを追跡していたと考えられます。画面には、細長い吻と円錐形の歯を並べた流線形の体、長いひれ状の前肢、やや低い背側の輪郭をもつ単独の成体が、プランクトンに富む紺碧の海中で青灰色の背を闇に溶け込ませながら泳ぐ姿が描かれています。こうした海は、ペルム紀末の大量絶滅後に回復したテチス周縁の海洋生態系の一部であり、爬虫類が外洋の捕食者として急速に多様化していった深い時間の一場面です。
後期三畳紀(約2億370万~2億100万年前)、北ゴンドワナのテチス海沿岸の浅い棚海では、淡い炭酸塩泥の海底から低いパッチ礁が点在し、石サンゴのレティオフィリア *Retiophyllia* とヴォルゼイア *Volzeia* が枝状・茂み状の群体をつくっていました。礁のすき間には、石灰化した海綿、微生物クラスト、羽のような腕を広げるウミユリ、そして幅30~60 cmにもなるメガロドン科二枚貝が根を下ろし、ターコイズ色の澄んだ海に差し込む陽光の下で、ペルム紀末の大量絶滅後に回復しつつあった海の生態系を物語ります。現代のサンゴ礁ほど密ではなく、まだらで開けたこの景観は、深い時間の中で海の共同体が再び組み上がっていく途中の世界そのものです。
約2億350万〜2億100万年前、パンゲア南半球の一部だったゴンドワナ北縁の浅い海岸ラグーンでは、全長約3 mのノトサウルス類 Nothosaurus が、細長い体と銀色の鱗をもつ魚類 Saurichthys を追って水しぶきを上げていました。観察者は、針のような歯を並べた細長い吻とオール状の四肢で急旋回する海生爬虫類、その背後の水中を漂う縞模様のアンモナイト Tropites、そして砂底に散らばる二枚貝 Myophoria の殻や緑藻を目にするでしょう。こうした生物たちは、乾季のある温暖な三畳紀後期のテチス沿岸環境を物語っており、赤褐色のシルト岩・砂岩の岸辺に囲まれた遠い太古の海が、恐竜時代の幕開けとともに広がっていたことを伝えています。
パンサラッサ海
約2億470万〜2億370万年前の中生代三畳紀中期、超大洋パンサラッサの外洋では、細長い原始的な魚竜キンボスポンディルス(Cymbospondylus、全長6〜8 m)が、ギンガメのように光る硬鱗魚ペルレイドゥス(Perleidus、15〜25 cm)の群れの下から一気に加速し、頭上の明るい表層近くでは肋のある殻をもつアンモノイド、トラキケラス(Trachyceras、約12 cm)が漂っています。画面には、陸の見えない濃いコバルトブルーの海と、その下へ青黒く消えていく深海の広がりが映し出され、当時の地球表面の大半を覆っていた巨大な海洋世界のスケールを感じさせます。魚竜はまだ後のマグロ型の高速遊泳者ほど洗練されておらず、細長い体と長い吻で獲物を追っており、三畳紀の海がすでに高度な外洋捕食者と多様な頭足類・硬骨魚類に満ちていたことを物語っています。
三畳紀後期、およそ2億300万~2億100万年前のパンサラッサ大洋では、黒い玄武岩からなる海山の頂上に、終末ペルム紀の大絶滅後に再建されつつある若い礁が広がっていました。画面には、浅いターコイズ色の海中で初期の六放サンゴ類ヴォルツェイア(Volzeia)や他の小型硬骨格サンゴがまだらに群生し、海綿‐微生物マウンドの間から、20~30 cmほどのウミユリ類ホロクリヌス(Holocrinus)が羽毛のような腕を潮に広げ、小型のエビに似たアントリンポス(Antrimpos)ががれきの隙間に身をひそめる姿が見えます。礁の縁からは海山が一気に外洋の濃い青へ落ち込み、広大な深海に浮かぶ火山島由来の生態系が、深い時間の中で海の回復力を物語っています。
後期三畳紀(約2億370万〜2億100万年前)のパンサラッサ大洋の深海平原では、海底下4〜5 kmの青黒い闇を、無数の放散虫の珪質骨格と有機物の「マリンスノー」が静かに降り積もっていました。画面には、球形・円錐形・格子状にとげを伸ばした放散虫類が塵のように漂い、その下に将来放散虫チャートとなるオリーブ褐色の珪質泥が広がり、まばらなゴカイ類のはい跡だけが低酸素の海底にかすかな生命の気配を残します。大陸から遠く隔たったこの深海盆は、見た目には冷たく暗くても、三畳紀の温暖な海洋の一部であり、失われた古太平洋の深みで微小プランクトンが地質記録をつくり続けた世界でした。
後期三畳紀(約2億370万〜2億100万年前)、パンゲア西岸のパンタラッサ海に面した乾季のある海岸平野では、ボルツィア類(Voltzia)の針葉樹林とソテツ状植物・ベネチテス類が、季節風の暴風雨にあおられながら赤い泥質の氾濫水に包まれていました。画面には、赤色砂泥岩の干上がりやすい平原を褐色の濁流が海へ走り、黒い玄武岩質の海岸に外洋の大波が砕ける、激しいモンスーン環境が広がります。こうした景観は、火山島弧と沈み込み帯に縁どられたパンタラッサ沿岸の活動的な地質環境を物語り、花や草も鳥もまだ存在しない時代の、乾燥と豪雨が交互に支配する深い時間の海辺を生き生きと伝えています。
約2億370万〜2億100万年前の三畳紀後期、超大陸パンゲアを取り巻く大洋パンサラッサの火山島弧では、黒い玄武岩の海食崖と蒸気を噴く安山岩質成層火山が、沈み込み帯の激しい活動を物語っていました。足元の浅い礁縁には、現代型のサンゴ礁ではなく、造礁性六放サンゴや石灰質海綿がつくるまだ低く斑状の礁体が広がり、澄んだ海にはアンモノイドや銀色にひらめく新鰭類の魚群が見えます。砕ける波の向こうには、ミクソサウルス類やキンボスポンディルス類に似た魚竜が浮上し、広大な外洋と生まれたばかりの火山島のあいだで息づく、深い時間の海の景観を印象づけます。
後期三畳紀、およそ2億300万~2億100万年前のパンタラッサ海沿岸棚では、青緑色の栄養豊かな海を巨大な魚竜ショニサウルス(Shonisaurus)がゆったりと泳ぎ、その足元には手のひら大の二枚貝モノチス(Monotis)の殻が海底を一面に敷きつめています。上方をすばやく横切るのは、細長い吻をもつ捕食魚サウリクティス(Saurichthys)で、穏やかな巨体との対比がこの生態系の多様さを際立たせます。海底には石灰質の泥や貝殻片に加え、沈み込み帯に近い火山島弧由来の黒い玄武岩礫や火山砕屑物が散らばり、活動的な大陸縁辺の地質環境を物語っています。
後期三畳紀(約2億300万~2億100万年前)のパンタラッサ大洋の火山島海岸では、黒い玄武岩の断崖に沿って、翼開長およそ1 mの初期翼竜エウディモルフォドン(Eudimorphodon)が上昇気流に乗って舞い、暖かなラグーンの水面すれすれで小魚を狙っていました。画面には、白いグアノに筋状に染まった岩棚、波に削られた海食崖、シダや低いソテツ類がまばらにしがみつく荒々しい景観が広がり、遠景には島弧火山の噴気も見えます。エウディモルフォドンは長い尾の先のひし形の尾翼と、多尖頭の歯をもつ細い顎が特徴で、こうした沿岸環境で魚食性の生活を送っていたと考えられます。太古の超海洋を縁どるこの断崖は、恐竜の時代の空と海がまだ新しい進化の実験場だったことを物語っています。
三畳紀後期、およそ2億300万~2億100万年前のパンタラッサ海沿岸の河口では、全長約2.5メートルの大型分椎類メトポサウルス(Metoposaurus)が、トクサ類エクイセティテスの茂みにまぎれて泥水に半ば沈み、幅広く平たい頭骨だけを目立たせながら待ち伏せしています。画面には、土砂を多く含む褐色の川水が海の浅瀬の緑がかった水と混ざり合い、湿った嵐雲の下に玄武岩質の海岸と泥質の中州が広がる、パンゲア大陸西縁の河口環境が描かれています。メトポサウルスはワニに似た姿勢で潜むものの、実際には恐竜でも爬虫類でもなく、浅い水辺で魚などを襲った巨大両生類でした。被子植物も鳥もまだ存在しないこの世界は、深海へと続く巨大海洋パンタラッサと陸上生態系が出会う、はるかな深時間の境界でした。